東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8373号 判決 1965年6月29日
原告 鈴木ふさ
右訴訟代理人弁護士 橋本市次
被告 唐沢喜儀
被告 小川俊光
右両名訴訟代理人弁護士 佐藤操
主文
被告唐沢喜儀は原告に対し東京都葛飾区下小松町四七三番地所在家屋番号同町四七三番の六のうち西側の一戸建坪五坪五合を明渡し、かつ、昭和三九年六月一日より明渡しずみに至るまで一か月金六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
被告小川俊光は原告に対し前項の建物のうち東側の一戸建坪五坪二合五勺を明渡し、かつ、昭和三九年七月一日から右明渡しずみに至るまで一か月金四、五〇〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として
「一、原告は昭和三四年五月一日被告唐沢に対し主文第一項記載の建物(以下本件建物という。)のうち西側の一戸建坪五坪五合を期間三年間、賃料一か月金五、〇〇〇円、毎月一日にその月分前払の約束で賃貸した。
二、昭和三七年四月末日原告と被告唐沢との合意により、右賃貸借契約を更新し、期間を昭和三九年四月末日までとし、賃料一か月金六、〇〇〇円と定めた。
三、原告は昭和三八年六月被告唐沢に対し更新拒絶の意思表示をした。更新拒絶について原告には次のような正当事由がある。
1 原告は昭和三〇年二月一一日本件建物を買受けた。当時原告の家族は夫婦に子供五人であって、原告の勤務先の会社所有の工場の一隅に寄寓していたが原告は右会社より近い将来立退きを要求されることを予想し、その用意として買受けたのであって、本件建物は原告の唯一の所有建物である。
2 原告は被告唐沢に右事情を述べて賃貸したのであるが期間を三年と定めたのは、原告においてなお三年位原告勤務先の工場に寄寓できると考えたからであるが、期間満了の昭和三七年四月末日被告唐沢に対し明渡しを求めたところ、『原告が本件建物を増改築する時まで貸してほしい』と被告唐沢が懇願するので、更に二年間賃貸することとし、契約を更新したのである。
3 原告は勤務先の鈴茂メリヤス株式会社から、寄寓先である工場からの立退きを迫られている一方、昭和三六年七月殖産住宅相互株式会社と建築ならびに資金融通契約を結び、昭和三八年九月には約束の三分の一の掛金の払込を了、建築に着手できる権利を取得した。
4 原告の家族は昭和三九年当時夫婦に高校二年を頭に五人の子女であって、原告の住宅問題解決には本件建物を増改築する以外に方法がない。
四、よって右賃貸借契約は昭和三〇年四月末日限期間満了により終了したが、被告はその後も明渡さないので原告は葛飾簡易裁判所に対し家屋明渡の調停の申立をし、右調停事件は同庁昭和三九年(ユ)第四四号事件として係属し、三回にわたって調停期日が開かれたが被告唐沢は事件屋を伴って出頭し、調停に応じなかったので原告は右調停申立を取下げた。
五、よって、原告は被告に対し、賃貸借終了を原因として本件建物のうち西側一戸の明渡しを求めるとともに昭和三〇年六月一日より明渡しずみに至るまで賃料相当額である一か月金六、〇〇〇円の割合により損害金の支払いを求める。
六、原告は昭和三八年六月一日被告小川に対し本件建物のうち東側一戸建坪五坪二合五勺を期間を昭和三九年四月末日までとし、賃料は一か月金四、五〇〇円、毎月一日その月の賃料を支払う約束で賃貸した。
七、原告は被告小川の前賃借人黒沢某が本件建物の東側一戸を明渡した後は本件建物の改築予定時期も近いので、その侭にしておくことに決意していたところ、被告唐沢から『私の明渡時期である昭和三九年四月末まででよいから被告小川に貸してやってくれ』と懇請され、被告小川も右の時期までに明渡すことを誓うので、右のとおり期間を定めて賃貸したものであって、右賃貸借契約は一時の使用を目的とする賃貸借契約である。
八、よって右賃貸借契約は期間満了と同時に終了した。しかるに被告小川はその後も右建物を明渡さないので、原告は被告小川に対し葛飾簡易裁判所に家屋明渡しの調停を申立てた(同裁判所昭和三九年(ユ)第四五号)が、被告唐沢と同様の事情で調停が成立しなかったので、右調停申立を取下げた。
九、よって原告は被告小川に対し賃貸借契約の終了を原因として、本件建物のうち東側一戸の明渡し、ならびに、昭和三九年七月一日より明渡しずみに至るまで一か月金四、五〇〇円の割合による明渡義務不履行による損害金の支払いを求める。」
と述べ、被告唐沢の正当事由に関する反対主張に対し、
「一、原告の勤務している鈴茂メリヤス株式会社は昭和二六年一月一三日資本金二〇〇万円をもって設立され昭和三六年増資して資本金四〇〇万円となったもので原告およびその家族の持株は四分の一に過ぎず、原告の夫の所謂個人会社ではない。右会社所有建物は一階四七坪四合三勺、二階三一坪六合(この部分を旧建物という。)七勺であって、一階だけの部分が鈴木茂が個人でメリヤス製造業をしていた頃の所有建物であるが既に会社に売渡した後は単に寄寓を認められているに過ぎない。原告は旧建物のうち六畳一室を専用しその隣りの四畳半の事務室を夜間だけ寝室に使用している。住込工員五名は二階(ミシン室)に寝ている。右会社は手狭なので、増築の必要があるが旧建物は建築後一五年を経過しており土台部分の腐朽甚だしく、二階を増築することができず改築する必要があり、そのために原告は立退きを要求されている。
二、被告唐沢の妻は保険会社に勤務し、相当の収入を得ており、被告唐沢は経済的にむしろ恵まれている。」
と述べた。
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として「第一、二項の事実は認める。第三項の事実中原告からその主張の頃更新拒絶の意思表示のあったことは認めるが正当事由の存在は否認する。1の事実中本件建物が原告の所有であることは認めるがその余の事実は不知、2の事実中賃貸借期間が原告主張のとおりであったことは認めるが、期間を定めるに至った経緯は否認する。3の事実中原告が勤務先の会社から立退きを迫られていることは否認する、その余の事実は不知、4の事実は不知、第四項の事実中原告よりその主張のとおり調停申立があったが、調停が成立しなかったことは認めるが調停が成立しなかった理由は否認する。原告の主張は昭和三九年一一月までに無条件で明渡せという酷なものであったために調停が成立しなかったのである。第六項の事実は認める。第七項の事実は否認する。第八項の事実中調停申立があり調停が成立しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。調停不成立の事情はさきに述べたとおりである。」
と述べ、正当事由に関する被告の主張として、
「一、原告がその工場に寄寓しているという鈴茂メリヤス株式会社は昭和二六年一月一三日設立した資本金四〇〇万円の会社で、原告の肩書住所に所在し(ただし登記簿上の本店所在地は千葉県)、その代表取締役は原告の夫鈴木茂である。その商号からみても、右会社は原告の夫の個人経営である。この会社の所有建物は木造瓦葺二階建居宅兼工場で一階四七、四二坪が工場、二階二一、六七坪が住居用であって、此処に原告の家族七人と使用人三人が居住している。これによってみても原告が勤務先会社の工場の一隅に寄寓しているとか、此処から立退きを迫られているとか、又そのために本件建物を原告において増改築の必要がある、というのは本件明渡し要求のための口実に過ぎない。
二、被告唐沢は自動車運転手として会社に勤めていたが昭和三九年二月から個人タクシー業を始め、現在月収約五万円であるが、これによって妻と昭和三九年当時二四才の女子と高校三年の男子の四人家族を養っている。女子は他に勤めて月給を取っているが自分の小遣と今後の準備で殆んど家計の足しにはならない。以上のような状態で本件家屋を明渡して他へ移転することは経済的にもその負担に堪えられない。」
と述べた。
(証拠関係)≪省略≫
理由
第一、被告唐沢に対する請求についての判断。
一、原告が昭和三四年五月一日被告唐沢に対し本件建物のうち西側一戸建坪五坪五合を期間三年間賃料一か月金五、〇〇〇円の約束で賃貸し、昭和三七年四月末原告と被告唐沢の合意の上、賃貸借契約を更新し、期間を昭和三九年四月末日までとし、賃料を一か月金六、〇〇〇円と定めたこと、原告が昭和三八年六月被告唐沢に対し、賃貸借契約更新拒絶の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、右更新拒絶について正当事由の有無について検討するに、証人鈴木金樹同杉山哲治の各証言、原告および被告唐沢喜儀各本人尋問の結果によれば、
1、原告の家族は昭和三九年五月当時夫婦に高校二年を頭に五人の子供の七人暮しであって、原告の夫鈴木茂が代表取締役をしている鈴茂メリヤス株式会社所有にかかる建物の一部に居住しているが家族が多いので狭いため、将来改築して居住する目的で、本件建物を買受け、右会社の工員を居住させていたが、本件建物を改築する資金の一部に当てようと考えて、被告唐沢に本件建物のうち西側一戸を賃貸したこと。
2、鈴茂メリヤス株式会社は訴外杉山哲治と同中村友三郎が五〇万円づづ出資して昭和二六年一月に設立した会社であるが、その後増資し資本金四〇〇万円となった際、原告の夫鈴木茂は四分の一の株主となっただけでその他は杉山哲夫、中村友三郎、村山伊三郎が各四分の一づづの株式を所有している会社であるところ、同会社は原告よりその居住部分の明渡しを受け、その部分を増改築したい意向であって、さして強い要求ではないが原告に対し立退きを求めていること。
3、原告は被告唐沢より本件賃貸借契約に当り、いわゆる権利金を受領しておらず、昭和三七年四月末最初の期間満了にあたり原告の代理人鈴木金樹より被告唐沢に本件建物の明渡しを求めたが被告唐沢より引続き賃貸を懇請され、原告方で改築に着手するまで賃貸するということで期間を昭和三九年四月末日までと定めたこと。
4、原告は本件建物改築のため殖産住宅相互株式会社に建築資金を積立て昭和三九年五月頃には契約の三分の一に達するので、改築に着手できる状態にあったこと。
5、被告唐沢方は夫婦に昭和三九年五月当時二四才の娘と高校三年の息子の四人暮しであって、被告唐沢は個人タクシー業を営み月収約五万円で、娘は電々公社に勤務して収入を得ていたこと。
を認めることができる右認定の事実によれば、住宅事情も或程度緩和されている昭和三九年五月当時(このことは公知の事実である。)において、原告において本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当な事由があったものと解するのが相当である。
三、右期間満了後直ちに原告が被告唐沢を相手方として葛飾簡易裁判所に家屋明渡しの調停を申立てたが成立しなかったことは当事者間に争いがなく原告が昭和三九年九月五日本訴を提起したことは記録上明白であるから、原告は期間満了後における被告唐沢の右建物使用について遅滞なく異議を述べているものというべきである。してみると本件賃貸借契約は昭和三九年四月末日の経過とともに終了したものであってこれと同時に被告唐沢は原告に対し右建物を明渡す義務があり、その義務不履行により右明渡しずみまで賃料相当額である一か月金六、〇〇〇円の割合による損害を原告に与えていることは明らかであるから、右義務の履行を求める原告の被告唐沢に対する請求は正当である。
第二、被告小川俊光に対する請求についての判断。
一、原告が昭和三八年六月一日被告小川に対し本件建物のうち東側一戸建坪五坪二合五勺を期間昭和三九年四月末日までとし、賃料は一か月金四、五〇〇円の約束で賃貸したことは当事者間に争いがない。
二、そこで、右賃貸借契約が一時使用を目的としたものか、否か、について検討するに、証人鈴木金樹、同小川房子の各証言によれば、右賃貸借に至った事情は原告主張のとおりであることが認められるところ、右事情から考えると、本件賃貸借契約は一時使用を目的としたものと解するのが相当である。
三、しかして、原告が期間満了後直ちに被告小川に対する家屋明渡しの調停を葛飾簡易裁判所に申立てたが、調停が成立しなかったことは当事者間に争いがなく、原告が昭和三九年九月五日本訴を提起したことは記録上明白であるから、民法第六一九条により更新もされなかったものといわなければならない。
四、してみると、本件賃貸借契約は昭和三九年四月末日の経過とともに終了し、以後被告小川は右建物を原告に明渡す義務を負っており、右義務不履行の結果右明渡しに至るまで原告に対し賃料相当額である一か月金四、五〇〇円の割合による損害を与えているものであるから、右義務の履行を求める原告の被告小川に対する本訴請求は全部正当である。
第三、結論
よって原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用し、なお仮執行の宣言を付するのは相当でないので、仮執行宣言の申立を却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡松行雄)